自らの楽しみとしてのお茶

2012.01.08

長い歴史を重ねるうち、お茶の習慣が身についてきたのだろう、京都人は皆、総じてお茶好きで、何かというとお茶を飲み、語らう。それは、茶道三千家(表千家、裏千家、武者小路千家)を擁する、お茶の総本山としての位置付けもあるだろうが、いまひとつ、京都が絶えず戦乱の舞台となってきたからでもある。お茶を飲み回すことで、敵と味方を区別することもあれば、戦いの中での一服、小休止の役割を果たしてもきたのである。時は流れ、現代の京都人のお茶好き。

[参考サイト]
宇奈月温泉の温泉・露天風呂のある宿・ホテル - じゃらん温泉ガイド
http://www.jalan.net/onsen/OSN_50235.html

ホテルエコノ名古屋栄 - じゃらんnet
http://www.jalan.net/yad362826/

東京ディズニーリゾート®-じゃらんnet
http://www.jalan.net/theme/park/tdr.html

それは「好き」というより「数寄」に近い感覚かも知れない。とはいっても、味の良し悪しを問わないわけではなく、寧ろその味に対する拘りは並大抵なものではない。だが、それ以上に重視するのが、風流の心得。お茶の時間をどう楽しむか、がもっとも大切だと考えているのが京都人なのである。そしてそれは、けっして外に向けてのパフォーマンスではなく、自らの楽しみとしての「お茶」なのである。